先日の出来事

営業部の坂根です。突然ですが、みなさんは何故「感謝」と「謝罪」には同じ“謝”の字が使われているのだろうかと考えられたことがありますか。私が、この様なことを考えたのは、先日家族の携帯電話が故障して、携帯会社に行ったのがきっかけでした。故障の原因は携帯本体にあり、しかも同じ理由で修理に行くのは二度目の事でした。
数十分待ち、順番が来ました。『通話中、相手の声がまったく聞こえなくなって・・・。前回も同じことがあったのですが・・・!!』と言うと、携帯会社の女性は、「お時間をつくって、わざわざお越し頂き、ご迷惑をおかけして申し訳ありません」と謝罪の言葉を言われました。しかし、そのいかにもマニュアル通りの(気持ちのこもっていない)発言に待ち疲れが倍増しました。そこで私は、『失敗や間違い等で相手に迷惑をかけた時、言い換えればマイナスの場面での自分の言葉・態度は本当に大切である』と改めて気付いたのです。
どんな仕事をしていても「謝る」ことが必要な時はあります。そのような時に、仕事だからと形式的に謝るのと、本当に相手のことを想い、「迷惑をかけて申し訳ない」と、誠心誠意あやまるのとでは、同じ言葉でも重みが違い、そして謝罪を受ける相手の気持ちも違うと思います。新規受注、契約など言わばプラスの場面での感謝の言葉やあいさつの大切さは勿論ですが、そういうプラスの時は、気分も良いのであまり気になりません。しかし、マイナスの時は気分が落ち込んでいるので、相手の言動に気持ちがとても左右されるという事に、自分が謝罪を受ける立場になってみて気付くことが出来ました。
さて、文頭の疑問、語源の由来は正式なものがあるのでしょうが、私的解釈をすれば、「ありがとう」も「ごめんなさい」も、(発する言葉や状況は異なっても)その人の“心”からの言葉であるとすれば同じものだということではないでしょうか。その点では、今回の携帯電話の故障も休日の数時間を携帯会社で過ごした事も無駄では無かったと、物事を前向きに捉えて、私のブログはこの辺でおしまいにします。
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