隠岐の島に来ています!

 今日は島根経済同友会の「文化・隠岐交流会」に出席するため島後の隠岐の島町に来ています😊 今日一日とても充実した学びと、隠岐の経済界の皆様との楽しい交流会がありました。ご担当いただきました皆様ありがとうございました❗️

 

 今回は境港から高速船レインボーに乗って隠岐の島町の西郷港に着きました。その後すぐに牛突きを見に行きました❗️ すごい迫力でした💥

 隠岐の牛突きの起源は今から約800年前にさかのぼります。1221年に承久の乱に敗れて隠岐に流された後鳥羽上皇が、子牛がツノを付き合わせる姿を見て喜んだことから、上皇をお慰めするために始まったと言われているようです。

 

 そして、勇壮な牛突きを見た後は、後醍醐天皇の行在所跡を見ました。後醍醐天皇は元弘の乱で敗れ1332年に隠岐の島に流されましたが、翌年に名和長年の助けで隠岐を脱出しています。

 その後は玉若酢命神社(たまわかすみことじんじゃ)に行きました。本殿は隠岐にある神社の最古のもので、隠岐造りといわれる建築様式とのことでした。

 この玉若酢命神社には有名な八百杉という樹齢二千年の大きな杉の木があります。近くで見るとすごい迫力でした❗️

 玉若酢命神社のすぐ横には宮司を務めておられる億岐(おき)家の宝物殿があり、そこにも行ってきました✨ 億岐家宝物殿には、大化の改新(645年)の翌年にできた制度によって作られた駅鈴(えきれい)が展示されていました。これは日本に現存する唯一の(億岐家に2個あります)駅鈴とのことでした。駅(昔の漢字では驛と言い、馬を乗り継ぐ場所という意味のようです)制度では5里(20km)ごとに駅が設けられ、奈良時代に全国に配られたこの駅鈴を役人が持って馬を走らせ、各駅の前で馬上で駅鈴を鳴らして身分を知らせていたとのことでした。その駅でまた馬を乗り継ぎ、次の駅まで向かうという旅の仕方だったようです。歴史の深さを感じました❗️

 

 また、奈良時代に税の出納に使用された正倉印は、現在駿河国、但馬国、隠岐国の3つだけ残っているとのことで、隠岐倉印も億岐宝物殿に展示されていました✨

 そして、今日の視察の最後の場所隠岐誉で有名な隠岐酒造さんでした🍶 いろいろ試飲させていただきましたが、この隠岐誉斗瓶囲い純米大吟醸が最高に美味しかったです✨ 

 最後にユネスコ世界ジオパークに認定された隠岐のことがよく分かる隠岐自然館に見学に行きました。時間がなかったので早足でご説明いただきましたがすごく勉強になりました❗️下の写真の蝶々はすごく貴重な種とのことでした。

 今までJCの活動や仕事で毎年隠岐の島には来ていましたが、こうして文化的な研修等は一度も受けたことがなかったので大変勉強になりました。誠にありがとうございました❗️ 今日はその後に隠岐の島の経済界の方々との交流会もあり、非常に充実した1日を過ごすことができました。ありがとうございました😊 隠岐の島は素晴らしい島ですね✨

 

 

 

 

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